ド地味生活

滋味ある地の暮らしが精神を耕す

(mod 12)でモド充になってハルモニア

精神分析の探究からユダヤ的な精神世界を遡るうちに、

カバラ数秘術エニアグラム易経占星術や天体観測の発展の歴史を探求する。

 

脳の右半球のリミッターが外れ気味で、

音楽、数学、暦の計算、絵画、言語、記憶の能力に秀でやすい特性があるところに、

この刺激を持続的に注入して、浸しっぱなし状態にしている。

壁掛け時計の丸い文字盤、12星座や12宮、十干十二支、二十四節気七十二候の円環と八卦

円環する時間を二至二分で切り分けて、1日、1年、12年、60年、120年の周期に焦点をずらし、子午流注の経絡時計や五運六気の天の運びと地の気の身体への作用の関係性に意識を向けていく。

(mod 12)、12で割った余り。

暦で調和を見る。

平面幾何学で円の円周上の2点AとBの関係性について、円の中心となる定点Oでなす中心角∠AOB=120°、メジャーアスペクトのトライン(trine)、

円周を12分割して十二支を割り当てた場合、子-辰ー申の三合の関係も中心角は120°。

三合の組み合わせ、午ー戌ー寅、卯-未ー亥、酉ー丑ー巳。

六合は十二支の子牛線から23.4°の傾きで地軸の線を補助線にして線対称の位置関係を見る。円周角は30°や90°、150°が見られる。

不調和は90°、180°、270°に着目する。

六合に対して90°で交わる線で結ばれる関係が害。

調和を破って不成立にするから不調和なのかなとも読み取れる。

冲は子から見て180°の午はオポジション(opposition)。

破は陽支から270°、陰支から90°で時計回りの位置。

刑については補助線として艮坤線(子午線から45°の傾きで東北方向から西南方向を結ぶ)を引いて線対称で見た方が図形的に関係を捉えやすい。子ー卯、亥、辰、午、酉。寅→巳→申の輪刑は寅ー申が直径で円周角が90°の円に内接する直角二等辺三角形で丑→戌→未の朋刑円に内接する直角二等辺三角形と線対称になる。

 

色相環を12色に分割して、30°、60°、90°、120°、150°、180°、内接する多角形などの関係をなす組み合わせ。秩序の原理で調和する。

 

音楽理論で12音を円環に並べた五度圏とか四度圏も音の隔たりによる位置関係で洞察を深めて行ける。

 

円環に二十七宿を配置して占星盤で宿の隔たりによる位置関係でご縁の洞察を深める。

 

単調なヘクサメトロンの響き。

タータタ タータタ ターター

タータタ タータタ ターター

このリズムをリピートするうちに「あやしうこそものぐるほしけれ」のモードに入っていく。

 

生まれた頃から自分を取り巻く環境で不和、不調和に囲まれて、

それを自明のもの、当たり前のもの、世の習いとして、

不調和が不調和であると認識せず、

不調和に感じるのは気のせいとやり過ごして、

コスモスの奏でるハルモニアを無視して、

天の気や地の気に反する在り方。

この在り方に疑問を持てるようになると

調和の感覚が開きやすくなるように思う。

 

調和の感覚が開いたら、検索とフィルタ。

何を自分が美しいと感じるのか?というクエリを走らせて、

ヒットしたデータに対して美学フィルタで絞り込んだらいい。

気にならなくなるという解

時薬(ときぐすり)という言葉でがっかりしたことがある。

今つらいのに、今すぐ楽にはならないと言われたも同然。

時間が解決するという時間はクロノス時間というよりは、カイロス時間だと思う。

明けるまでやり過ごす。

何が明ける?

夜が、梅雨が、年が、年季が、喪が、忌が…

 

14年前の師走、右肩を壊した。

背中がだるくて。なのにどうしようもないほど無知だった。

右腕を背中側に回したままバッタンと横になって、

肩関節に無理な力がかかった。

いきなり無謀な挑戦なのだが無謀なことを無謀だと認識しない無知の破壊力。

 

無知だとアラームが鳴っていても真か偽か見分けがつかないから、

結果的に重要なシグナルは無視する。どうでもいいシグナルに注力しがち。

どうでもいいシグナルをやり過ごしながら重要なシグナルはスルーしないのが理想的だけど道のりは程遠い。

 

傷めたのを気にして動かさないでいると廃用症候群になっていく。Use it or lose it.

年月経っても動かして痛むところがあると気に病んで動かしたいとも思えない。

時が満ちてそろそろ動かしてもいいかなと気が向いたときに邪魔が入りやすい。

せっかく気が向いたのに、行動を起こしてかえって良くないことになって、

もう懲り懲りだと思う。凝り性で張り切ってとことん動かそうとする性格習慣病。

できないのを今すぐできるようにならねばならないと躍起になって、

苦手克服のためと猛特訓させられた過去の無理が過緊張となって今も祟る。

弱点は突かれれば突かれるほど疲れまくって感じなくなる。

重要なシグナルがあっても感覚センサーが故障していたら気が付かない。

 

しばらくして気を取り直したらまた気まぐれ風が吹くから、

懲りずにまた痛い目にあってただ風が吹き出すのを待つ。

この繰り返しで長患いする。全然懲りてない。

 

ループ解除の処方、及ばざるは過ぎたるよりまされり。

適切な人を処方するのも有効。

先達が得られると邪魔が入る余地を減らせる。

狙ったポイントに効かせるように、

痛みが出ない範囲でなるたけ動かして、

末梢に行き渡るよう循環を促していく。

 

制約や制限はあるが、気にならないくらいに枠の中での自由を試してみる。

気にしていたら気になるが、刺激に対する反応時間をやり過ごしたら、

気にしなくなる。

反応が収まらないうちに次々刺激がやってくると収まらないから逃れる。

いつのまにか気にならなくなる。

苦が無くなるわけではないが、苦にならなくなる。

 

久々にジャンピングジャックスをやってみたら、もう痛くなかった。

これもひとつの明けまして。

柔らかに平らかに鍛錬は続く

兆しを読んでは、行動プログラムを瞬時に組み上げて実行に移す。

実行しながら外の風に触れて、兆しを拾っては、行動プログラムを組み続ける。

その繰り返しだった。連続魔みたいなコマンドだ。

季節進行は早め、旬の物だいたい前倒しという流れだった。

はしりでとっとと掴んだ。

うかうかしていると、気づいたら見かけなくなって機を逃すってパターンは回避したかった。

それにしても干し柿のタイミングが難しい年だった。新嘗祭頃に干したのが出来が良かった。

身の丈コンフォートゾーンの探究が進んだ。

身軽さ重視で事足りる要件の抽出をする。切る斬る伐る。

 

気ぃ張って踏ん張って身を削る思いでやったとて腕も神経も消耗品。

そこで意地になって、もっと気張って雄々しく勇ましく身を殺いでそこを死地と思い定めてのことなら止める由もない。

こんなところで倒れるわけにはいかないんなら、気ぃ張らんと難易度下げて、これまでの頑張り方とは違う方向で色々実験する。

実験データの蓄積が進んで、同じような局面で前回の記録にあたって、なんとなくうまくいった記憶と快い感情をセットにしてエフォートレス化を進めてきたことに気づいた。

前工程の失敗や遅延がどのくらい響くか可視化して、他の選択肢でどの程度リカバーできるか計算する。問題に向き合っているうちに前工程以前の工程で工夫する余地が見つかることがある。

折り畳み傘を鞄に取り付けるのに100均のリールキーホルダーを追加して置き忘れ防止策を工夫した。

工夫したいことはまだ他にもあるが、なかなか進まない。

案が浮かんでインスピレーションが急に降臨して

突然降って湧いた体力気力があって、

取り組むだけの何かの風の吹き回しが揃ったら、

サクッとやってのけるのだろう。

 

さて、冬至を過ぎて来年の気が出力75%、今年の気は出力25%。

数えで四十となる。

大地の大蛇の幻獣が蠢いているイメージ。

坤の道、フォロワーシップがどう立ち現れてくるだろう。

これから何して暮らそうか

大まかな方向性としては、「生態系で生き延ばしていく」

関係性やライフサイクルをじっくり観ながら、ライフレビュー。

 

今年はチャージしながら、ゆっくりと内側に潜る。

文献を渉猟し、ピンときたら現地に赴く。

去年は早春から外向きに発散して一気に駆け抜けて小満の頃はヘロヘロだった。5月末って疲労と冴えない天気でポンコツになりやすい傾向もある気がする。

たぶん、湿気で脾胃がやられて背中が痛くなるパターンかと。

2008年頃から柄にも無い役回りが増えてきて、 これもまあ芸の肥やしになるかな と求めに応じて来たつもり。

「やったことないからやってみたかった」

そんな動機で体当たりして役の幅は広がりが出てくる。不器用なんだけどある面では器用貧乏だからこなせてしまうとこもあって、オールマイティに立ち回れると、 回復勇者っていたなあとサンプルが思いあたる。

外部からのその時々のニーズに応えていく家住期は「ささえる」コマンドを多用しがちで、本来の面目どこ行った?ってなりやすい。

役が回って厄も溜まって厄割石を思い出す。気を込めてかわらけに移して役を割って役割り。粉々に割って役自体を解除。

普段通りの生活をしながら、この糞袋を平然と打ち捨てる心境でっていう修行脳。

 

1年のサイクルなら、年末までに下半期のレビューを済ませて、

1/1に今年の過ごし方で心掛けることが見えてくる。

2/4で年が変わる。

3月春分頃から事が始まる。

年度替わりの桜の頃は、4分の1が経過して進捗確認・調整期間になる。

夏越の6/30を節目に、7/1には上半期のレビューをやる。

秋の金木犀の頃も4分の3が経過して調整期間になる。

 

6月も半分を過ぎた。

6/16は嘉祥の日、和菓子で湿気を飛ばしてコンディションを整えよう。

死と再生。気持ち的に死んだ抜け殻は無言の館で物思う

今日の風読み、気温がマイナスで水たまりが凍るような朝の登校時の風の匂いが訪ねてきた。

小学校低学年の時のお正月から冬休み明けの日々の記憶は時間圧縮されたように溶け合ってる状態で脳内再生される。

潮風と陽光の加減。記憶と眼前の事物との重なり合う何かが響き合う。

 

2012年7月から降臨した言葉の続き、

2023年10月からまた降ってきて紡ぎ出される。

 

といて かけて といかけて

かいて といて とけあって

 

かくことで とけていく ほどけていく

ほろけるように とろけるように

 

なぜ、突き動かされるように、

このテーマ、このネタに

吸い込まれ、喰らいついて、凝視してしまうのか

わからないけど

何ができあがるのか

わからないけど

さいごに、あー、こーなったのか

って

わかる かわる とける

とかなくてもいい そのままでもいい そっとしといてもいい

 

わかればかわる

かわりはてるころには わかる

無題

初めて座禅したときの21歳文学部3年生当時の記録を蔵出ししてみよう。

初めて座禅してきた - 大人の発達障害当事者のもがき

続・座禅ー初心者の視点 - 大人の発達障害当事者のもがき

 

初体験は仙台の北山エリア、曹洞宗の禅寺。

臨済宗永源寺はお泊りと法話で、座禅体験はやっていない。

 

小さい頃から一休さんの歌、

「世の中は起きて箱して寝て食って 後は死ぬるのを待つばかりなり」とか、

聞かされて育った。

父が受けた新人研修は座禅研修で相当インパクトがあったようでね。

「親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬ」の逸話を父から聞いたかどうかは定かではないが、

逆縁に、

遭わば遭ったで、

そこまでの、

弾(たま・魂)だったって、

ことでしょうよ。

峻厳さが息づいている。

 

財にしろ、子宝にしろ、得る喜びがあればこそ、

失うことの不安と恐怖がついて回る。

そして、失われた悲しみは大きい。

法話を読めば、

子に先立たれて今まで死者を出したことのない家の芥子の実を求め、

彷徨い歩くまでもないだろう。

無論、読むまでもない程、察しの良すぎる子どももいるから年若いからと侮るなかれ。

 

受験は周りの目の色が変わる。

就活は嘘吐きの始まり。

婚活・縁談はますます強欲に拍車がかかる。

子の将来を質に入れ、子ゆえの闇に惑う。

子は先祖の無念と期待でプレッシャーかけられ代理代理代理…戦争を遂行し、

戦場に居続けたら無傷ではいられないから癈兵となる。

 

生きながらえているとグリーフ・ケアは必修科目になる。

喪失感には怒りや悲しみがついてくる。

失う苦しみも得る喜びも、

あればあったでついてくるややこしいものも、

それなりに知っている。

というか、

得た先のシナリオについていくつも枝分かれする樹形図が描けて、

どのルートを通る可能性が高いかまでだいたい読めてしまうとき、

そのレールを走り続けるようなやる気とやらみるみる委縮する。

わからないから飛び込もうって思う。そっちの方がワクワク感がある。

得る喜びが得られなくても、煩わされることがなくて、

心が平安である方を大事にして、

浮いたエネルギーと時間を大事にしたいと思えるものに投下したい気分になる。

あとは死ぬだけプランは身軽。森田療法のライフプラン版。

 

生き物としては、もうこの身は破滅だ、この人生は詰むのが見えたと思えば、

新しい生に賭けるのは自然なことね。

未来に賭ける大人たちは、小さい生まれたての赤ん坊や子供たちにばかりかまけて、

自分の心身はおろそかにする。小さき子らが傷つかないようにと眼を向ける。

 

既に産んじゃって/生まれちゃって、今も生きている人々には儂はこう思っちゃうね。

あーあ、残念でしたあ。

よくもまあ、こんな苦しい世界に生まれちゃったもんだね。

生き続けたら苦しいこと、たーくさんあるよ。

働けないと死にたい、消えたいが近すぎてね。追い詰められるよ。

今生まれたばかりの赤子ら、小さい子らもいずれはボロボロになるのが目に見えるよ。

生きている以上、ぼーっと過ごしていようが何かしていようが寿命が尽きて死ぬから。

そういう苦しみを踏まえた上で、こう行動するよ。

新しい命の方より、今生きている、かつての子どもたちの方に駆け寄っていってね、

今まで苦しんでたのも喜びも全部ハグして、苦しみの針を抜いてね、

一緒に楽しいこと、嬉しいこと、楽ちんを与えよう。

 

ある晩、死神が枕元にやってきて、「連れてく?」って聞かれた。

安楽死を検索しちゃうくらいには

「早くお迎えが来ないかしら」って思っているところがあるけど、こう答えた。

「せめて、ボロボロに傷ついたかつての子どものおそばにいさせてください。

この子をもうしばらくみていたいから。」

慈しみの眼差しで、自分に縁あるものたちに施無畏をやる。

生まれなかった、というかそもそも存在すらしなかった命に気づき、供養する。

 

本来何を求めていたのか、目先の欲得の感情に覆われて、

見えなくなっていって見失うことがある。老い、病、死を直視して立ち返るのだ。

note.com

自分歳時記(ブログ記事からまとめる)

自分歳時記は、地域や時代や信仰、置かれた立場・状況に応じて人それぞれ。

年度の替わり目、再読をきっかけにまとめておこうと思った。

翔泳社が発達本を無料公開キャンペーンやってくれるの、有難い) 

bookmeter.com

 

立春~梅見・マンサク 冬の終わり、春の始まり。桃色、黄色、白色。

 

2/1暦要項→節分・立春 冬を総括する
立春 ふきのとうと縄ないスキル獲得
立春 今年買ってよかった経験。かんじきウォーク
2月中旬 もつもつと降る雪を味わう
2月中旬寒稽古 明鏡止水でありたい
雨水~啓蟄 えあのこと
雨水 コロナ疲れと聞いて『デカメロン』的やり過ごし方があったな、と
啓蟄清明 続・ひきこもり無双
4月~立夏 GWにひきこもりつつ思ったこと
春土用 GWと年末年始休みのdiffをとる
清明~春土用 タケノコの皮で梅ちゅーちゅーは定番行事
清明・新年度 新人ごっこ
春土用 木に会いに行って休む


立夏~藤、桐、梅の実。紫色と緑色と白色。


GW明け においの記憶に振り回された日
6月上旬 山椒の実の季節がうれしい
6月 蜂 ローカル線で3人連携プレーで蜂を逃がした話
日照の天井~夏至~夏越 暦読み読み風読み読み
夏至 梅ふきん作って使ってみた
小暑 ゆるゆるスースー
大暑~温度の天井 人の中に根と翼と芽を育む
大暑立秋 葉月の禊の身体知
8月処暑 データベースの海を漂う
大暑 インビジブルムーン

 

秋~冬、だんだん色褪せていく。黄金色、茶色、白色。

12/8目安で日照の底シーズンに、秋を総括する


白露~立冬~12/8日照の底 雪待ち食っちゃ寝
9月下旬キンモクセイ~台風と秋晴れ~霜降立冬~初雪 今年やりこんだら見えたもの

白露~10月上旬、秋の匂いからきゅーっとなるシーズン突入
白露~秋分~秋彼岸 イマを切り取る・秋の気配
秋分 お彼岸でニュートラルを意識する
秋土用旧重陽 重陽節句(旧暦)をまったり過ごす
10月上旬 かんじき作れたらかっこいいなと憧れる
秋彼岸 とち餅にほうじ茶

 

立冬 月が見ている。白銀色、白色、瑠璃色。


日照の底~冬至 いい呼吸を意識する
正月~大寒~温度の底 さもないものが食いたいのよ。今年のお正月は2月にも再びやる
正月 夏までの課題 小寒大寒立春、雪解け、2017春土用気枯れ~立夏小満夏至~盆挑戦~秋分に立て直し
大寒 厳寒にめぐりくる想い。Ordnung,Bildung
大寒~節分 今年買ってよかった経験。かんじきウォーク
大寒 雪かきの身体知

 

心の砂絵とまなざしと声、関連しそう

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